応力(おうりょく、Stress)とは、物体の内部に生じる力の大きさや作用方向を表現するために用いられる物理量である。尚、物体は連続体などの基礎仮定を満たすものとする。
この物理量には応力ベクトル(stress vector)と応力テンソル(stress tensor)の2つがあり、単に「応力」といえば応力テンソルのことを指すことが多い。応力ベクトルと応力テンソルは、ともに連続体内部に定義した微小面積に作用する単位面積あたりの力として定義される。そのため、それらの単位は、SIでは[Pa]、重力単位系では[kgf/mm2]で、圧力 (Pressure) と同じである。
応力ベクトル[]
応力ベクトルとは、物体内に仮想的な微小面を考えたとき、その微小面に対して垂直に作用する単位面積あたりの力であり、ベクトル(1階のテンソル)で表される。応力テンソルの説明にあるように、応力テンソルの各成分の第1の下添字は「応力成分を考えている微小面の法線の向き」を、第2の下添字は「考えている微小面に作用する力の向き」をそれぞれ表わしている。このことから明らかなように、微小面の単位法線ベクトルを とすると、その微小面での応力ベクトル は次のように与えられる。
例えば、座標軸を とした3次元デカルト座標において、 微小面の単位法線ベクトル の成分を とすると、応力ベクトルの成分 は次のようになる。
応力テンソル[]
応力テンソルは、応力ベクトルの定め方の違いから、真応力テンソル・Cauchy応力テンソル、公称応力テンソル・第1Piola-Kirchhoff応力テンソル、第2Piola-Kirchhoff応力テンソルの3種類が定義されており、いずれも(行列の形式で記述できる)2階のテンソルとなる。ただし、これらの応力テンソルに違いが生じるのは有限変形理論に基づいて物体の運動を記述した場合であり、材料力学や応用力学で多用されている微小変位・微小変形の仮定の下では、これらの応力テンソルはすべて真応力テンソルに一致する。
真応力テンソル(微小変形理論における応力テンソル)を で表わすものとすると、その成分は座標軸を と定めた3次元デカルト座標の下では、
のように表わされる。このとき、各成分の第1の下添字は「応力成分を考えている微小面の法線の向き」を、第2の下添字は「考えている微小面に作用する力の向き」をそれぞれ表わしている。例えば、とは、法線の方向が軸の向きに一致する微小面において考えている、軸方向の力の成分を意味する。そのため、応力テンソルの成分には、微小面の法線の向きと力の作用方向が直交する成分である垂直応力(normal stress)成分と、一致しない(異なっている)せん断応力(shear stress)成分の2種類に分類することができる。
垂直応力とせん断応力[]
上に示した3次元デカルト座標系における応力テンソルの成分について考えた場合、垂直応力は の3成分となる。垂直応力は、力の作用面と力の作用方向とが直交し、作用面を引っ張る方向に作用した場合には引張応力(tensile stress)、作用面を押し込む方向に作用した場合には圧縮応力(compressive stress)と呼ばれる。材料力学や応用力学、構造力学などにおいては、引張応力が正の垂直応力となるように応力テンソルを定義するのが一般的であるが、地盤工学(土質力学)においては圧縮応力が正の垂直応力となるように力の正の向きを定義することもある。
一方、せん断応力は、力の作用面の法線の向きと力の作用方向とが一致しない応力成分であり、の6つが該当する。なお、微小変形の力学においては、せん断応力を記号で表わすことがある。
応力テンソルの対称性[]
応力を定義している物体内でモーメントのつりあい条件(角運動量保存則)を満たすものと仮定すると、応力テンソル(真応力テンソル)は対称テンソルとなる。すなわち、
が成り立つ。例えば、上に示した3次元デカルト座標系での成分については、
が成り立つ。そのため、応力テンソル の独立な成分は6成分となることがわかる。
なお、モーメントのつり合い条件から対称性が保証されている応力テンソルは真応力テンソル(Cauchy応力テンソル)と第2Piola-Kirchhoffテンソルのみであり、公称応力テンソル(第1Piola-Kirchhoff応力テンソル)は必ずしも対称とはならない。
主応力[]
真応力はテンソル量であり、座標系によってその成分は変化することとなる。せん断応力成分がゼロとなるように座標系を取ったときの垂直応力を主応力(principal stress)と呼び、その座標系の基底ベクトルを応力テンソルの主軸と呼ぶ。なお、真応力テンソル(Cauchy応力テンソル)は対称テンソルであるため、ある応力状態を表わす真応力テンソルに対して、せん断応力が見掛け上現れず主応力のみが垂直応力として現れる主軸が必ず一組存在する。
偏差応力[]
偏差応力 (deviatoric stress) は、応力テンソルからその等方成分を差し引いたものとして定義される。物体に等方的な圧縮・引張り以外のせん断変形が生じた場合に、偏差応力が発生する。偏差応力 は次のように定義される。
ここで は非決定応力、 は2階の単位テンソルである。
材料の降伏と等価応力[]
上記にあるとおり、応力は3次元的なテンソルである。一般の応力について材料の特性値を調べるのは困難であるため、スカラー量である等価応力に換算すると便利である。 等価応力は材料の降伏する条件に応じて以下のようなものがある。
最大主応力説[]
ある点において、法線応力が最大となる面をとることができる。このときの法線応力が最大主応力 σ1 である。この面と直交する面で、法線応力が最小となる面をとることが出来る。この法線応力が最小主応力 σ3 である。二つの面に直交する面の法線応力は、中間主応力 σ2 と呼ぶ。但し、面の向きは応力が正の値になる方向とする。 このとき各面に対応するせん断応力成分は全て 0 である。 (σ1 ≧ σ2 ≧ σ3 であることに注意)
ある点で最大主応力 σ1 が材料の降伏を決定するというのが最大主応力説である。すなわち、
が降伏の条件である。ここで σy は材料の降伏応力である。
最大主応力説はガラスなどの脆性材料で良く合っている。
最大ひずみエネルギー説[]
単位体積あたりのせん断ひずみエネルギーが限界を越えると、材料が破壊されるという説である。 ミーゼスの応力ともいう。
全ひずみエネルギーから静ひずみエネルギーを差し引いたせん断ひずみエネルギー U を評価基準とする。
ここで、νはポアソン比、E はヤング率である。
降伏条件は以下の通り。
最大ひずみエネルギー説は鋼材などの延性材料に適用される。
最大せん断応力説[]
座標軸のとりかたによって、せん断応力を最大とすることができる。(この時、一般に法線応力は 0 とはならない) この応力を最大せん断応力、またはトレスカの応力と呼び、記号 τmax で表す。
延性材料が降伏するときすべりが観察されることに着目し、最大せん断応力が降伏を決定するという説である。
主応力とは次式に示す関係がある。
降伏条件は以下の通り。
σ1 ≧ τmax, U ≧ τmax であり上記2説に対して安全側であることから、評価基準として利用されることがある。
応力と応力度[]
応力という言葉の定義は構造力学と材料力学や連続体力学では微妙に異なる。構造力学では連続体内部の面にかかる力を応力、その単位面積当たりの力を応力度 (stress intensity) と呼ぶ。一方、材料力学や連続体力学では面にかかる力を全応力、単位面積当たりの力を応力と呼び、同じ言葉でも定義が異なることに注意が必要である。
関連項目[]
- 力、力学、応用力学、材料力学
- 内部応力、ひずみ、ストレス (物理学)
- 偶力
- テンソル
- 降伏
- 残留応力
- 安全率
外部リンク[]
- 応力について、酒井・泉研究室、東京大学大学院