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気象学(きしょうがく、meteorology)は、気象に関する学問。すなわち、地球内または惑星内の大気中における個々の流体現象を研究する自然科学の一分野であり、現代では大気科学(atmospheric science)といわれることもある。

気象学の分野 編集

気象学には、次のような分野がある。

気象現象のスケール 編集

一般的に気象現象の規模を分類するときには、オーランスキー(Isidoro Orlanski)が考案したものを一部修正したものを用いることが多い。

スケール名 水平規模km(m) 現象例
マクロスケール(大規模) マクロαスケール 惑星スケール 10000km以上 超長波プラネタリー波、巨大高気圧
マクロβスケール 総観スケール 2000~10000km 傾圧不安定波温帯低気圧高気圧
メソスケール(中規模) メソαスケール 1000~2000km 前線台風
  200~1000km
メソβスケール 20~200km スーパーセル集中豪雨海陸風
メソγスケール 2~20km 晴天乱気流積乱雲ダウンバースト
マイクロスケール(小規模) マイクロαスケール 0.2~2km(200~2000m) 積乱雲
マイクロβスケール 0.02~0.2km(20~200m) 竜巻塵旋風
マイクロγスケール 0.002~0.02km(2~20m)  


日本の気象学の歴史 編集

日本には自然観察に基づく経験則によって生み出された農事暦などは存在したが、体系的な気象学が入ってくるのは、江戸時代後期以後である。とはいえ、全くそれ以前に気象学が無かったわけではなく、アリストテレスの気象学は部分的ながら戦国時代宣教師を通じて流入していた。山鹿素行が地表を移動する空気の流れである事には気づいていた。これは西洋で気象学が盛んになる前の発見であったが、彼の関心は軍学の一環としての物であり、独自の学問としては発達しなかった。蘭学の流入以後わずかながら気象の動きに抱く人も出てきて、柳沢信鴻司馬江漢のように気象の状況について詳細な記録を残す人も登場した。土井利位が自ら顕微鏡で観察した結晶についての研究書である『雪華図説』は良く知られている。

天保年間以後江戸幕府天文方で気象観測が行われるようになり、安政4年には伊藤慎蔵によって本格的な気象書の翻訳である『颶風新話』が刊行された。なお、meteorologyを「気象学」と訳した最初の文献は明治6年の『英和字彙』である。2年後、東京気象台が設置され、明治17年には天気予報が開始、明治20年には中央気象台が発足されるとともに気象台測候所条例が制定され、日本の気象学が本格的に勃興する事になる。

関連項目 編集

ウィキメディア・コモンズ

参考文献 編集

外部リンク 編集

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